コイルの設計において、インダクタンスを避けて通ることはできません。ここでは、インダクタンスの具体的な計算方法について説明します。
最初は、数式の細かいところに拘泥せず、計算の手順を理解して頂ければと思います。
本記事では、SI単位系を用いており、長さの単位は[m] 、電流の単位は[A]となります。
図1に示した単層ソレノイドに、電流\(I\)を流した時に発生する全磁束を\(\phi\)とすると、\(\phi\)は電流Iに比例します。
\[\phi=LI\] 比例係数\(L\)を自己インダクタンスといい、単位はヘンリー(H)です。インダクタンスは、コイルに固有な値であり、コイルの形状、巻数、周辺の透磁率により変化します。
さて、上の式は一見すると簡単な式に見えるのですが、\(\phi\)の計算は複雑で、図1ソレノイドの自己インダクタンス\(L\)は、
\[L=\frac{8\mu_{0}N^{2}a^{3}}{3l^{2}}\{\frac{1-k^{2}}{k^{3}}K(k)-\frac{1-2k^{2}}{k^{3}}E(k)-1\}\tag{1}\]となります。 ここで\(\mu_{0}=4\pi\times10^{-7}N\cdot A^{-2}\) \[k=\dfrac{1}{\sqrt{1+(l/2a)^{2}}}\quad(0<k<1)\]
\(K(k)=\int_0^\frac{\pi}{2} \dfrac{d\theta}{\sqrt{1-k^{2}sin^{2}\theta}}\quad\quad\) \(E(k)=\int_0^\frac{\pi}{2} \sqrt{1-k^{2}sin^{2}\theta} \ d\theta\)
\(K(k)\)はルジャンドルの第一種完全楕円積分、\(E(k)\)は 同第二種完全楕円積分とよばれ、計算可能な積分です。実は(1)式は、複雑な変形を行い、積分が可能である\(K(k)\)、\(E(k)\)を含む式に変形したものです。
インダクタンスの算出は、この複雑な式を解く必要があるのですが、ソレノイドが非常に長い場合、以下の近似が可能となり、計算式が簡単になります。
近似1. ソレノイドの半径をa、長さをℓとすると、a/ℓ≒0と近似することができる。
近似2. ソレノイド内部のどの位置の磁界も、ソレノイド中心部の磁界と同じ大きさとみなすことが
でき、内部の磁界ベクトルは、全て中心軸Zに平行な向きとなる。
上記近似により、インダクタンスの計算式は以下となります。
\[L0=\frac{\mu_{0}\pi a^{2}N^{2}}{l}\tag{2}\]
長岡係数
(1)式によるインダクタンスと(2)式によるインダクタンスの比を長岡係数といい、
\[長岡係数=\dfrac{(1)式によるインダクタンス L}{\ (2)式によるインダクタンス L0}\]
となります。(1)式を、長岡係数\(Kn\)を使って表すと、
\[L=Kn\cdot\mu_{0}\pi a^{2}\frac{N^{2}}{l}\tag{3}\]となります。
長岡係数\(Kn\)はaとℓで決まる係数であり、\(Kn=\dfrac{L}{L0}\)より、\[Kn=\frac{4}{3\pi\sqrt{1-k^{2}}}\{\frac{1-k^{2}}{k^{2}}K(k)-\frac{1-2k^{2}}{k^{2}}E(k)-k\}\tag{4}\] ここで、
\[k=\dfrac{1}{\sqrt{1+(l/2a)^{2}}}\quad(0<k<1)\]
\(K(k)=\int_0^\frac{\pi}{2} \dfrac{d\theta}{\sqrt{1-k^{2}sin^{2}\theta}}\quad\quad\) \(E(k)=\int_0^\frac{\pi}{2} \sqrt{1-k^{2}sin^{2}\theta} \ d\theta\)
となります。
算術幾何平均法による第一種楕円積分の計算
長岡係数の算出には、第一種完全楕円積分\(K(k)\)と、第二種完全楕円積分\(E(k)\)を解く必要があるのですが、この計算は数値計算により行います。そのため Excel VBAなどによる、簡単なプログラミングが必要になります。
ここでは、計算の収束が早く、論文でもよく取り上げられる「算術幾何平均法」による計算法をご紹介します。
さて 算術幾何平均法の説明にあたって、唐突ですが、2数\(a_{0}、b_{0}\)に対して、\(a_{1}=\dfrac{a_{0}+b_{0}}{2}\ 、\ b_{1}=\sqrt{a_{0}\ b_{0}}\)・・・・\(a_{n}=\dfrac{a_{n-1}+b_{n-1}}{2}\ 、\ b_{n}=\sqrt{a_{n-1}\ b_{n-1}}\)という数列を取り上げます。この数列の\(\displaystyle\lim_{n\to\infty} \{a_{n}\}\)と\(\displaystyle\lim_{n\to\infty} \{b_{n}\}\)は、同じ値に収束することが、証明されています。
この収束値を算術幾何平均といい、ここではこの収束値を\(M(a_{0},b_{0})\)で表すことにします。
すなわち、\(\displaystyle\lim_{n\to\infty} \{a_{n}\}=\displaystyle\lim_{n\to\infty} \{b_{n}\}=M(a_{0},b_{0})\)となります。
第一種完全楕円積分\(K(k)=\int_0^\frac{\pi}{2} \dfrac{d\theta}{\sqrt{1-k^{2}sin^{2}\theta}}\quad\)は、この\(M(a_{0},b_{0})\)を使った、以下の式で計算すことができます。
\[K(k)=\dfrac{\pi}{2}\cdot\dfrac{1}{M(1,\sqrt{1-k^{2}})}\tag{5}\]
\(M(1,\sqrt{1-k^{2}})\)は、以下の数列の\(\displaystyle\lim_{n\to\infty} \{a_{n}\}\)または\(\displaystyle\lim_{n\to\infty} \{b_{n}\}\)の値となります。
\(a_{0}=1\quad \ b_{0}=\sqrt{1-k^{2}}\ 、\ a_{1}=\dfrac{a_0+b_0}{2}\quad b_{1}=\sqrt{a_0\cdot b_0}\ 、\)
\(a_{2}=\dfrac{a_{1}+b_{1}}{2}\quad b_{2}=\sqrt{a_{1}\cdot b_{1}}\ 、・・・a_{n}=\dfrac{a_{n-1}+b_{n-1}}{2}\quad \ b_{n}=\sqrt{a_{n-1}\ b_{n-1}}\)
\begin{equation}
ただし、\\[2pt]
k=\dfrac{1}{\sqrt{1+(l/2a)^{2}}} \end{equation}
(5)式の計算プログラムを、Excel VBAで作成したものを以下に示します。
プログラムでは、数列\(a_nを変数a、b_nを変数b\)とし、Do….Loopで\(0\to\infty\)を計算しています。
収束条件を、\(\displaystyle\lim_{n\to\infty} \{a_{n}\}-\displaystyle\lim_{n\to\infty} \{b_{n}\}\lt1E-15\)としていますが、これは、\(10E-16\)より小さい値にすると、Excel BVAがオーバーフローエラーとなってしまうためです。
Do….Loopを抜けた後の\(a\)の値を、\(M(1,\sqrt{1-k^{2}})\)の計算値としています。
Sub elliptic() '第一種完全楕円積分計算プログラム
Const pi As Double = 3.14159265358979
Dim a As Double
Dim k As Double
Dim b As Double
Dim c As Double
Dim elip1 As Double
c = 10 ^ -15
k = Range("B2").Value '母数kを格納しているセルB2から、kの値を読み込む
a = 1 'a0
b = Sqr(1 - k ^ 2) 'b0
Do Until a - b < c 'an-bn < 1E-15で計算終了
y = a
a = (a + b) / 2 'an
b = Sqr(b * y) 'bn
Loop
elip1 = pi / (2 * a) '第一種完全楕円積分計算結果
Range("D3").Value = elip1 '第一種完全楕円積分計算結果を セルD3に格納
End Sub
算術幾何平均法による第二種完全楕円積分の計算
結論だけ申しますと、第二種完全微分積分 \(E(k)=\int_0^\frac{\pi}{2} \sqrt{1-k^{2}sin^{2}\theta}\ d\theta\quad \)は、以下の式で計算することができます。
\(E(k)=\Bigl(1-\displaystyle\sum_{n=0}^{\infty} 2^{n-1}\ c_{n}\Bigl) K(k)\quad\) ただし、\(c_{n}=a_n^{2}-b_n^{2}\tag{6}\)
\(a_n、b_n\)は、第一種完全楕円積分と同じで、以下となります。
\(a_{0}=1\quad \ b_{0}=\sqrt{1-k^{2}}\ 、\ a_{1}=\dfrac{1+\sqrt{1-k^{2}}}{2}\quad b_{1}=\sqrt{1\cdot\sqrt{1-k^{2}}}\ 、\)
\(a_{2}=\dfrac{a_{1}+b_{1}}{2}\quad b_{2}=\sqrt{a_{1}\cdot b_{1}}\ ・・・・a_{n}=\dfrac{a_{n-1}+b_{n-1}}{2}\quad \ b_{n}=\sqrt{a_{n-1}\ b_{n-1}}\)
ただし、\(k=\dfrac{1}{\sqrt{1+(l/2a)^{2}}}\)
ここで、\(t_n=(1-\displaystyle\sum_{n=0}^{\infty} 2^{n-1}\ c_{n})とおき、t_nを\)計算すると、
\begin{align}
t_0=&1-2^{-1}(a_0^{2}-b_0^{2})\\[8pt]
t_1=&1-\{2^{-1}(a_0^{2}-b_0^{2})+2^{0}(a_1^{2}-b_1^{2})\}\\[3pt]
=&1-2^{-1}(a_0^{2}-b_0^2)-2^{0}(a_1^{2}-b_1^2) \\[3pt]
=&t_0-2^{0}(a_1^{2}-b_1^2)\\[8pt]
t_2=&1-\{2^{-1}(a_0^{2}-b_0^{2})+2^{0}(a_1^{2}-b_1^{2})+2^{1}(a_2^{2}-b_2^{2})\}\\[3pt]
=&1-2^{-1}(a_0^{2}-b_0^{2})-2^{0}(a_1^{2}-b_1^{2})-2^{1}(a_2^{2}-b_2^{2})\\[3pt]
=&t_1-2^{1}(a_2^{2}-b_2^2)\\[3pt]
&\cdot\\[1pt]
&\cdot\\[1pt]
&\cdot\\[1pt]
t_n=&t_{n-1}-2^{n-1}(a_n^{2}-b_n^{2}) \quad (n\ \geqq\ 1)
\end{align}
となります。
前述のプログラムに(6)式の計算式を加えたプログラムを以下に示します。
収束条件は、先のプログラムと同じく、\(\displaystyle\lim_{n\to\infty} \{a_{n}\}-\displaystyle\lim_{n\to\infty} \{b_{n}\}\lt1E-15\)としています。
プログラムの中で、\(変数tは級数t_n\)、\(\mathrm{elip1}はK(k)\)、\(\mathrm{elip2}はE(k)\)の計算値となります。
Sub elliptic() '第一種、第二種楕円積分計算プログラム
Const pi As Double = 3.14159265358979
Dim a As Double
Dim j As Double
Dim k As Double
Dim b As Double
Dim c As Double
Dim t As Double
Dim elip1 As Double
Dim elip2 As Double
j = 0
c = 10 ^ -15
k = Range("B2").Value '母数kを格納しているセルB2から、kの値を読み込む
a = 1 'a0
b = Sqr(1 - k ^ 2) 'b0
t = 1 - (a ^ 2 - b ^ 2) * 0.5 't0
Do Until a - b < c 'an-bn < 1E-15で計算終了
j = j + 1
y = a
a = (a + b) / 2 'an
b = Sqr(b * y) 'bn
t = t - (2 ^ (j - 1) * (a ^ 2 - b ^ 2)) 'tn
Loop
elip1 = pi / (2 * a) '第一種完全楕円積分計算結果
elip2 = t * elip1 '第二種完全楕円積分計算結果
Range("D3").Value = elip1 '第一種完全楕円積分計算結果を セルD3に格納
Range("D4").Value = elip2 '第二種完全楕円積分計算結果を セルD4に格納
End Sub
この数値計算の結果と(4)式により、長岡係数が計算できます。そして、長岡係数の計算結果と(3)式により、インダクタンスの計算が可能です。
最後に
インダクタンスの物理的な意味について説明します。
ソレノイドに流す電流が、時間変化する場合、ソレノイド内部の磁束も時間変化し、ソレノイドに誘導起電力が発生します。すなわち、自分の発生した磁界の時間変化により、ソレノイド自身に、電流と逆方向の起電力U[V]が発生します。
発生する起電力Uは 、ソレノイドに発生する全磁束を\(\phi\)とすると
\[U=-\frac{d}{dt}(\phi)=-L\frac{dI}{dt}\tag{2}\]
となります。マイナスの符号は、電流の流れを 妨げる方向であることを示しています。
このように、コイルに交流電流を流した場合、インダクタンス\(L\)は電流の流れ難さを示す値になります。
また、コイルに電流を印加するために設けたスイッチを、OFFからONにした直後も、電流の向きと逆向きの起電力が発生します。これにより、コイルを流れる電流が平衡状態になるまでに、時間を要することになります。インダクタンスの大きいコイルほど、平衡状態になるまでにかかる時間は長くなります。このため、高い周波数の電流を流したい場合には、インダクタンスを小さくする必要があります。
最後になりましたが、冒頭で説明したように、本記事の計算式は、単層ソレノイドのインダクタンスの計算式になります。
次の記事では、多層巻きコイルのインダクタンスについて、有限要素法による解析結果と、本記事(3)式による計算結果を比較してみたいと思います。
今回の記事はここまでとなります。
参考文献
詳解 電磁気学演習 後藤憲一、山崎修一郎著(共立出版株式会社)
完全楕円積分の高速計算法 寒川 光 日本アイ・ビー・エム株式会社
完全楕円積分とガウス・ルジャンドル法による\(\pi\)の計算 寒川 光
楕円関数論・番外編(1) 算術幾何平均と楕円積分 電気通信大学 緒方 秀教